奥州、南部、八戸港の小さな酒屋です。

墨廼江の紹介

墨廼江?

太平洋と北上川の接する河口に開けた町“石巻”は、その昔伊達藩の米の積出港として栄え、また千石船が多数往来する海路交通の拠点地でした。現在では東北きっての漁獲高を誇る港町として有名な所です。その北上川西岸地区一帯は江戸時代、墨廼江町と呼ばれており北上川支流の墨廼江川が流れ、水の神様を祭った墨廼江神社がありました。澤口家の初代・澤口 清治郎は、仙台・河原町の旧家で呉服反物問屋と造り酒屋を兼営する『泉屋』に生まれ、成人すると米の積出港として栄えていた石巻にその息子・安治と共にやって来ました。そして『泉屋』より分けてもらった財産を資金に海産物問屋と穀物問屋を始めるに至りました。その後、若くして他界した父に代わり事業を継いだ二代目・安治がどんどん事業を拡大していき、海産物問屋としては、三陸漁業権の七割を確保し、また本場静岡焼津より職人を呼び寄せて、石巻では初めて鰹節を製造し、ラッコ船にまで手を広げていきました。当時、墨廼江には、その地名“墨廼江”をそのまま酒名にして酒造りを行っていた井上家という商家がありました。初代・清治郎の代より井上家に酒米を納入していたご縁もあって、造り酒屋を譲り受けて創業いたしました。1845年弘化二年のことでした。ただ酒造りの方はあくまでも副業的な存在で事業の柱は海産物問屋、穀物問屋だったようです。酒造りが本業になったのは三代目・清治郎の時代と言われております。その後四代目・安五郎、五代目・安右衛門と酒造り一筋に専念し、現社長・康 紀が平成11年10月に六代目に就任するに至っております。
今後も、酒造りの心と技を後世に伝え、伝統産業の新たなる創造と発展の為、一生懸命努力して参りますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

墨廼江酒造の紹介  

画像の説明

全国の地酒  

powered by Quick Homepage Maker 3.33
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最終更新のRSS  Valid XHTML 1.0 Transitional